生活保護は経済を回す【論文:地域経済波及効果に着目した生活保護費の評価について】
生活保護を取り巻く主張、言説の一つに「生活保護は地域経済に貢献する」というものがあります。
生活保護の人も、生活保護費を消費活動に回して、家賃やスーパーでの買い物で消費し、地域経済を下支えしているというものですね。
私は、そんなの生活保護を介さなくてもその分減税されれば一般の方がもっと消費に回すだろ
そんなの詭弁で綺麗事だろというくらいにしか思っていないのですが
ただ、理屈としては考察する余地があります。
そんな主張を掲げる論文の中に「地域経済波及効果に着目した生活保護費の評価について」
というものがあります。
この論文では生活保護費の経済波及効果に着目し、生活保護は経済波及効果に優れていると主張しています。
これが本当であれば画期的で、景気をよくするために生活保護を増やしてもいいんじゃないかと思いますよね。
ということで今回は、この論文は正しいのか、是非を見ていこうと思います。
●論文の主張のまとめ
・この論文では生活保護費の経済波及効果に着目する
・生活保護費拡大は財政側の論理からすれぼ財政を悪化させる要因
・他方,生活保護費はほぼ100%が消費支出され,しかもその多くが限られた地域内で支出される
・地域経済の景気対策あるいは地域振興という面では,減税や公共事業に比べて優れた面を持っている。
・景気を刺激するために生活保護費拡大はうってつけの景気刺激策となる可能性がある
2060億円を生活保護費として支出すると、地域経済に最終的に3453億円の需要増
2060億円減税した場合、2417億円の需要増
2060億円の公共事業を行った場合、3373億円の需要増
よって、生活保護の経済波及効果が最も優れていると言う結論になります。
●生活保護世帯の消費性向がほぼ1というのは誤り
この論文、査読していくと致命的な誤りを1点見つけられます。
この論文の大前提となっている、生活保護世帯の消費性向がほぼ1という点です。
論文内では生活保護世帯の消費性向が1.0029となっていて、これ普通に考えればこれで正しいのか疑問に思うべき値です。
消費性向というのは所得の内、消費に回った金額がどれだけあるかという指標です。消費性向の求め方は、消費支出額÷収入額です。
つまり消費性向が1を超えた時点で、収入より消費が多いという意味の数字となります。
収入よりも支出の多い彼らは貯金を取り崩して消費に充てているのか?と問われると、確かに一般世帯の60~64歳では年金をもらうまで貯金を取り崩し生活する場合もあります。
しかし生活保護世帯は生活保護を利用し始める際、大して貯金の無い状態から始まるため、取り崩せる貯金が無いのであり得ません。もし取り崩せる貯金があるなら、どこかで消費性向は1を下回ったはずなのです。
借金をしてでも消費活動したい、そんな金銭感覚の狂った人もいるよねという個人の問題にするならあり得ないとも言えません。
個人ではなく生活保護世帯が平均して生活保護費以上のお金を消費しているかと問われるとあり得ません。
消費性向が1.0029というのは、1万円の収入に対して消費支出が1万29円ということです。なんですが、1万円しか収入が無いのに1万29円の消費をすることなんて出来ないんですよ、借金でもしない限り不可能です。
そして生活保護という属性の方に積極的にお金を貸したいと思う人はいません。だって普通に飛びますし、色々な意味で。
では、この消費性向が1.0029という不自然な数字はどうやって求めたのかを見ていきましょう。
論文内にある生活保護世帯の収入額169570円から、勤労収入25977円を引いた金額143593円を生活保護費額として、消費支出を144010円として144010÷143593をすると、1.0029という値が求められます。
そうなんだーと納得できるものではありません。いやこの計算が成り立つなら勤労収入の25977円分って元々1円も使う予定が無かったことになるじゃないですか。
でも実際は生活保護費も勤労収入も支出に回しているわけで、勤労収入どこ行った?と考えると何か色々破綻してるじゃないですか。
そうです、結論から言うと、生活保護費に生活保護費ではないものを混ぜて計算していることがわかります。
生活保護というのは、収入が基準額より少ない人を対象にして、年金や勤め先収入だけでは不十分だよねと言うことで生活保護費としてお金を補填します。
例えばアルバイトによる5万円の収入があり、それでは足りないので生活保護費として8万円支給されるといった具合です。
であればこの5万円は、生活保護があろうがなかろうがそもそも支出に回るお金です。
つまり、論文内で提示されている勤労収入25977円分がありますが、この金額は生活保護と関係なく元々消費支出に回ったであろう金額だとわかります。
なので、本来生活保護費を受け取って消費支出に回った金額というのは、消費支出144010円から勤労収入25977円分を差し引いて求める必要があります。
と考えると、消費支出144010円ー勤労収入が充てられた消費支出25977円=118033円が貰った生活保護費から支出に回されたお金です。
143593円、生活保護費として受け取ったことで118033円、消費支出が増えたことになります。
143593円のうち消費に回されたのは118033円、で再計算すると消費性向は0.821になります。
消費性向がほぼ1という前提とは全く異なる値が出ました。
では、生活保護世帯の消費性向0.821を基にして経済波及効果とやらを再検証してみましょう
1966億円から医療保険に使われた1076億円を引いた890億円
これが生活保護利用者に「自由に使える生活保護費」として渡る金額です。
論文では、この890億円がそのまま消費される前提で進んでいますが、実際の生活保護世帯の消費性向は0.821でした。
890億円に消費性向の0.821をかけて731億円、これが生活保護世帯の消費性向を考慮した、生活保護費から実際に消費に回る額です。
経済効果が160億円分消えましたね。この時点で経済波及効果は『公共事業>生活保護』となったので、論文の趣旨が根本から破綻しました。
もうこれ以上読む気を無くしましたが最後まで読みます。
●それでも生活保護が経済を回すと主張するなら
論文の筆者、生活保護の経済波及効果が最も優れていると述べていましたが、公共事業の方が経済波及効果は高いという話を覆せそうにありません。
そこで、生活保護と公共事業をかけ合わせた解決策があることを提示しておきます。
生活保護の現物支給です。
生活保護利用者に食品や衣類を渡す現物支給であれば、その対価としてお金が全て業者にわたります。
公共事業と同じ経済波及効果が保障されています。素晴らしいですね。
この論文をあまり読まずに結論だけを見て、生活保護だって立派に経済を回すと主張するなら、100%経済を回すことに使われる現物支給と言う制度をどうぞ受け入れてください。
私は受け入れがたいものを感じますが。
●その他の些細な問題点
この論文には、生活保護は貯蓄が出来ない、厳密には0.5か月分の貯蓄残高を持つことができると記載がありました。
これも突っ込みを入れたい点になります。
これは生活保護の申請時の話で、生活保護を利用している時に50万円程度の貯金をしようが、地区によっては100万200万程度の貯金をしようが問題ないです
筆者はこの「生活保護世帯は貯金を持てない」という思い込み、先入観が強すぎて、生活保護世帯は貯蓄をしない、生活保護世帯の消費性向はほぼ1であるという決めつけを疑うことが出来なかったのだと思います。
20年も前の論文なので仕方ない点はありますが、読めばお分かりの通り、生活保護への解像度がクッソ低いです。
論文を読めば読むほど、金持ちが生活保護の表面だけを見て分かった顔になっている駄文ではないかと思えて仕方ありません。
●グローバル化、貿易赤字の日本において、外国との影響を述べないのは無理がある
個人的にこの部分をとても怪訝に思っています
現在の日本人の生活は
カナダから肉を買い
アメリカからiPhoneや穀物飼料を買い
マイクロソフトやネトフリのサブスク代を支払い
中国からMade in Chinaの日用品を買い
オーストラリアから買った石炭で電気を発電する
など、海外から色々なものを得ることで成り立っています。
日本が買う一方ではいずれ買えなくなるので、どこかで売る側に回り外貨を得ないといけません。
一方的に外国にお金を垂れ流すだけではいずれ売ってもらえなくなり、詰みます。
回り回って外国からどうやってお金を得るか、の視点が大切になって来ます。
この海外という要素、海外への支払いが無かったら、日本で仕事を回せば幾らでも経済は回せます。
でも海外という要素がある以上、現実そうはなりません。
例えば公共事業では、交通を便利にし環境を整備することで、製造業を後押しし外国への売り上げを増やす、観光業で外国人を呼び込み収入を得るといった、回り回って外貨を得るために貢献しているという面があります。
減税は外国からどうやってお金を得るかという面には何の貢献もしませんが、お金を使わない政策なので何の問題もありません。
下手なことをするくらいなら何もしないことが一番いいという典型例です。
そして、生活保護に置いて一番の支出先となる医療・介護分野には経済政策的には致命的な欠点があります。
この分野が発展したところで外貨など取得できないというところです。
●最後に
生活保護は経済を回す、というのは盛大な詭弁で、実際には一方的に流れているだけです。
だからといって生活保護を否定する気は全くありません。
生活保護は地域の役に立つ、立たないの話ではなく、人権を保障するもの、ただそれだけでいいのです。