人に魚を与えれば一日で食べてしまうが、釣り方を教えれば一生食べていける
『人に魚を与えれば一日で食べてしまうが、釣り方を教えれば一生食べていける』
これは魚を欲しがっている人にどうすればその人のためになるかという話です。魚が欲しい人に魚をあげるか、魚の捕り方を教えるか、その人のためを考えるならどうするべきでしょうか?すぐに魚をあげてしまうべきでしょうか?それとも手間がかかっても今後のために魚の捕り方を教えるべきでしょうか?ということです。中国の老子の言葉『授人以魚 不如授人以漁』が起源であるなど、諸説あります。
魚をあげても、次の日また魚が欲しくなったらどうするんだろう?となりますよね。
この考え方、生活保護制度を利用して生きるうえでも大切な考え方です。
人生において大切なのは、食べていくための方法を身につけることです。
これは生活保護制度にもあてはまり
魚を与えること=生活保護費
釣り方を教えること=自立支援プログラム、就活サポート等
と言えます。
生活保護制度での自立支援などは、実際のところ機能しているとは言い切れない点もあります。なので釣り方(お金の稼ぎ方や節約)を身につけるためには、自分で考え行動することも不可欠です。
さてそもそも、魚が食べられればどっちでもいい、魚(お金)が貰えるなら捕り方なんて覚えなくても良いと考える方もいますね。生活保護を貰える以上はお金を稼がなくて良い、節約しなくていいと考えるもの無理はないです。ですが魚を与えられる生き方は、誰か(何か)に依存しなければなりません。
その誰かが、もう魚あげないと言えばすべて終わりです。これは生活保護制度でも同じことです。
生活保護費を受け取るというのは国や地方公共団体、公務員に依存しなければなりません。貧困困窮状態にある方の中には、生活保護を利用できるようになればそれで終わりと考える方もいます。しかし生活保護を利用するというのは、実は解決になっているようで何の解決にもなっていません。生活困窮状態の原因となった『魚を自力で捕れない(十分なお金を自力で稼げない)』状態はそのままですからね。※生活困窮状態でも生きていけるということで、問題の先延ばしにはなっています。
日本って2020年の時点で人口に対する高齢者率28%の高齢化最先進国です。もちろん今後もどんどん高齢者率は上がっていきます。それに伴い、労働者世代、つまり社会を支える人数はどんどん減っていきます。言うまでも無く、仕事や家事で外出する方なら理解していると思います。だって生活圏で見る人、高齢者の方がいっぱいですよね。
そんな感じで今後は支えてくれる人がだんだん居なくなります。生活保護でずっと支えて貰う予定の方は、誰に支えて貰える予定なのでしょうか?
もし、生活保護制度がだんだん縮小されるとします。まあ例えでなく実際に、生活保護費は2010年頃の基準に対して、どんどん減額されていっているのですが。そうなると魚を与えられるだけの人は、支えて貰う以外に術が無いので、生きていくために「もっと支援しろ」と言うしか無くなります。
これ、言うまでもないですが相当きついですよ。自分の意志ではどうにもならないことですから。
もちろん、魚の捕り方を教えて貰っても自分で出来ないレベルなら、魚を貰うのも仕方ありません。ですが、少し教えて貰えば魚が捕れるようになるのなら、魚の捕り方(お金の稼ぎ方)や魚が少ないとき(お金が少ない時)の生活の仕方など、どんどん身につけて生存能力を高めれば、人に振り回される要素も少なくなります。
ということで、元生活保護利用者の私は、生活保護を利用するときの心構えとしてこう考えています。再び生活保護を利用することになったら、これを行動指針にします。
・利用できるものは利用しても、あてにはしない
生活保護を利用すること自体は良いのですが、いつまでも生活保護があると考えるべきではないです。制度自体が無くならないにしても、生活保護額の減額、生活保護利用者への減免料金の廃止など、制度の変更はあるものだと思って人生設計します。
・出来ることはやってみる
多少の損得、面倒くさいという感情は置いておいて、自分に出来そうなことはやってみます。もし1度働けなくなったとしても、週1回、1日1時間のアルバイトでも良いですし、月1000円節約するための情報収集でもやってみようと考えています。その時その時で、自分に出来る行動を地道に積み重ねていきます。
もちろん良い結果が出ないかもしれませんが、行動って何回かやればそれなりに成果が出ます。成果が出ない場合は、やり方自体が間違っている場合もあるので、一人で考えずどんどん相談していきます。
生活保護を利用する、しないはさておいて、自分も『魚の釣り方を教える』『魚の釣り方を考える』ように行動しようと思っています。