生活保護に関する考察

生活保護が決定した方に「おめでとう」と言うことについて

「生活保護におめでとうと言う理由が分からない」

私は先日、生活保護が決定した方に次々と「おめでとう」という言葉が送られるのを見て、Twitterでこう呟きました。反対に、生活保護が決定したら「おめでとう」と言えるだけの理由もあるのかな?と思うところもあり、もっと考えてみました。

目次
・生活保護を祝う理由が分からない
・生活保護以上の最悪な状況がある
・生活保護の要件を満たしていても利用できない可能性がある
・働くより生活保護を利用する方が幸せになれる人がいる
・本人自身が祝っているならそれでいい

生活保護を祝う理由が分からない

Twitterで生活保護の支給が決定した方に対して、多くの方が「おめでとう」と言うのを見て、何とも言えない違和感がありました。

まずは私のツイートそのまま載せます。

生活保護に「おめでとう」という違和感をはっきりさせたくて、生活保護ではなく他の制度ならどうかと考えました。

生活保護と性格が似ているものとして、雇用保険の失業給付を挙げます。どちらも、困窮状態の補償制度になるという意味で似ていると思います。

失業給付を受け取れる方に対して「おめでとう」という言葉が出てくるでしょうか。

失業給付の大前提は、「失業」です。つまり、「失業給付おめでとう」は「失業おめでとう」と同意語になります。

そして失業給付は、要件を満たせば間違いなく受け取れるもの、受け取れるのが当たり前のものです。そこに運の要素はほとんどありません。受け取って当たり前のもに対して「おめでとう」というのは違和感があります。

もっと例えを言うなら宝くじ300円の当選です。宝くじは3000円分(10枚まとめて)買えば、300円が必ず当たる仕様になっています。 宝くじ300円の当選におめでとうとは言いません。300円は当選して当たり前だからです。

生活保護も同様です。要件を満たせば受け取れるものです。その要件とは「2週間~1か月の生活を送れないほど金銭的に困窮して、なんとかできる見込みもないこと」です。

生活保護に至るまでの背景を考えると、失業、怪我や病気による離職と就労不可、介護による困窮など、決して好ましくない事情がある方が大半だと思います。そこに「おめでとう」と声をかけることは、「失業おめでとう」「うつ病おめでとう」「怪我おめでとう」と言っているように聞こえます。

というのが、生活保護が決まった方に対して「おめでとう」ということに違和感を感じる理由です。

ここからは逆に、生活保護が決まった方に対して「おめでとう」と言えるだけの理由を述べていきます。

生活保護以上の悪い状況がある

生活保護は社会保障制度の仕組み上「日本国民に保障された最低限の生活」であるはずです。つまり「生活保護にも劣る生活」というのは、社会保障制度上は存在しません。ですが現実として、生活保護以上の最悪な生活状況は結構あります。

「ブラック企業で働きながら、生活保護基準にも満たない給料しか貰えず、借金をしながら生活している」「失業して、何もしなければ今月でお金が無くなる」「親の介護で満足に働けず、生活保護以下の生活費で暮らしている」などといった感じです。

要するに、収入・資産が無く、制度上は生活保護を利用できるのに、利用できることを知らなかったり、利用できないと思い込み、生活保護水準に満たない生活を送っているケースです。そんな状況と比べれば、生活保護を利用できる方が良い状況と言えます。生活が良くなったねと言う意味で「おめでとう」というのも間違っていなさそうです。

生活保護の要件を満たしていても利用できない可能性がある

生活保護に対して「おめでとうと言うのはおかしい」という私の意見は、「生活保護の要件を満たした方が間違いなく生活保護を利用できる」という大前提の上にあります。

悲しいですが現実はそうなっていません。

前述した「生活保護を利用できることを知らず利用していない」という場合もあります。水際対策に代表されるように「生活保護の要件を満たした方の生活保護利用を防ぐ」という運用がなされたことがあります。結構前の話ですが、生活保護の利用は〇人まで認めるというノルマを設けていた北九州市の対応など、心が痛くなるものがあります。

生活保護の決定については、地方公共団体の意向に加え、担当するケースワーカー次第というのもあります。これを踏まえると、生活保護を利用できるかどうかは、市区町村はどこか、担当ケースワーカーが誰かという運もあります。生活保護が決定することは、懸賞に当たるようなものだと捉えると「(生活保護の当選)おめでとう」と言えるのかもしれません。

「生活保護おめでとう」という言葉がこんな理由で出るのであれば、さすがに生活保護制度の運用がおかしいと思います。

自立するより生活保護を利用する方が幸せになれる人がいる

生活保護を利用した結果がそれなりに幸せなので、生活保護が決まった人に心から「生活保護おめでとう」と言う場合です。

生活保護では、地域にもよりますが、単身者で月に12万円前後の扶助がされます。それに加えて年末一時扶助や医療費無料、アパートの更新費用支給、地域によっては水道料金減免があります。それを考慮すると、都市部に単身で住んでいる生活保護受給者は実質15万円くらいの生活を送れています。

全国平均になりますが、単身生活者の月当たり消費支出額は17万円に満たないくらいです。生活保護でも平均的な暮らしより多少不足がある程度の生活は送れるので、あまり消費欲が無い方なら十分幸せにやっていけます。何より自由に使える時間は多くありますし、何かを急かされることもありません。

という感じで、生活保護での生活に良い点を見出している方であれば「生活保護おめでとう」と言うのも納得できます。

私個人の話をしても、生活保護でそれなりに幸せにやっていけました。自立している今と生活保護時代どちらが楽しく幸せか?と聞かれると今なんですが、別に生活保護になってもいいくらいです。生活保護を抜け出してからも生活費を生活保護水準に抑えられているので、月12万円くらいで暮らせと言われても別に困りません。

なおこれは都市部に限った話です。田舎では生活保護費も少なく「実質でも12万円+交通不便なのに車を持てないor持てても維持費がかかる」という地域もあります。生活保護を利用している方が皆それなりに幸せに送れているわけではないことを注記しておきます。

本人自身が祝っているならそれでいい

ここまでは、生活保護という「状況・制度」について考えたことです。

一番大事なのは「生活保護おめでとう」と言われた際に、受け取る側の本人の気持ちです。

考え方は色々ありますので、本人が生活保護が決まったことを喜んでいるのなら「おめでとう」と言って何の問題も無いと思います。

因みに私は生活保護利用時、誰かに話したりしていないので、おめでとうとも何とも言われたことはありません。もし私が生活保護の利用が決まった時「おめでとう」と言われたなら、何がおめでたいのか首をかしげ、「何がおめでたいと思う?」と疑問をぶつけそうです。

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