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生活保護費減額への違法判決、判決の論点と適切な生活保護費基準とは

2013年から2015年にかけて実施された生活保護費の減額に対して、違法だとする判決が、大阪地方裁判所によって出されました。

毎日新聞 「涙が止まらない」原告団に歓声 生活保護費減額「違法」判決

時事ドットコムニュース 生活保護費減額は違法 13~15年分を取り消し―受給者初の勝訴・大阪地裁

今回はこのニュースに対して、元生活保護利用者の立場から思ったこと、なぜ生活保護費の減額が違法となったのか、またニュースに対してよく見た意見に対する考えなどを述べていきます。

目次
〇問題となったのは生活保護費の算出方法
〇適切な生活保護費はいくらなのか
〇国民年金額が少ないのは違法だと声をあげればいい
〇裁判する気力があるなら働けという意見
〇例え違法であっても何かが起きるわけではない
〇今後の展開

問題となったのは生活保護費の算出方法

今回のニュースの争点を見てみましょう。

そもそも、どんな内容の裁判だったのでしょうか?毎日新聞のニュースから抜粋します。

国は13年以降の3年間に、デフレによる物価下落を反映させるなどした結果、食費などに充てる生活扶助費の基準額を平均6.5%、最大10%減額した。
判決で森鍵裁判長は、政府は石油製品や食料などが大幅に値上がりした08年を起点に、その後の3年間の物価下落率を反映させたと指摘。
「特異な物価上昇が織り込まれて下落率が大きくなることは明らかだ」と述べた。
また、物価下落率算出の根拠とされた厚生労働省の指数には、生活保護受給世帯の支出割合が低いテレビやパソコンなど、教養娯楽用製品の大幅な値下がりが反映されていたと言及。「消費者物価指数よりも著しく大きい下落率を基に改定率を決めており、統計などの客観的な数値との合理的関連性を欠いた」と判断した。

毎日新聞ニュース

後で改めますが、ここで使用された物価下落率について、総務省や世界各国が使う「ラスパイレス方式」で計算すると「2・26%」の下落になります。しかし厚労省は別の方式との併用で「生活保護世帯の物価指数は4・78%下落した」と、根拠に欠ける恣意的な算出をしました。さらに、この指標の計算方法には、生活保護受給世帯の支出割合が低いテレビやパソコンなどが含まれているなどの問題があります。そのため、この4・78%という指標を用いて生活保護基準額を減額することは違法だという判断になりました。

つまり、生活保護費を減額すること自体を違法としているわけではなく、算出方法に問題があったとしています。

例えば、元々の月の生活保護費が10万円だとしましょう。
2.26%下落すると9万7740円、4.78%下落すると9万5220円です。
2.26%の下落を考慮して、生活保護費が9万7740円となるのであれば違法とは言えませんでしたが、4.78%の下落を考慮して、生活保護費が9万5220円まで減額されたことが違法になります。

仮に物価がちゃんと1割下がっていれば、生活保護費を1割下げることに問題はないという見解と考えられます。

今後は通信料の引き下げから、消費者物価指数の通信費が下がることが予想できます。仮に通信料が1000円分下がったとすれば、その1000円分生活保護費が下がることは算出方法として問題ないと言えます。

単純に『生活保護費の減額は違法』というだけでなく、減額になった背景などの実態も確認しておきましょう。

適切な生活保護費はいくらなのか

そもそも、生活保護費はいくらが適正なのでしょうか?

判断の基準になりそうな消費者物価指数でも見てみましょう。

消費者物価指数とは、物価の変動を数字で表し、さらに多くの人が利用頻度の高い食品などの指標を大きく、利用する人が少ない指標を小さくして、生活していくための物価は総合でいくらかを表す数値です。とある年度の数字を100に設定して、例えば110の時があれば物価が1.1倍になったと言えます。

政府の統計情報として見ることが出来ます。
2015年基準消費者物価指数

一部だけ抜き取りました。

2008年から2011年にかけて、消費者物価指数は98.6から96.3になりました2.26%の下落であることがわかります。これを、厚労省は別の方式との併用で4・78%下落と算出しています。これはあまりに根拠のない恣意的な指標です。

さて、2012年ごろの世間は、生活保護費が最低賃金より高いという意見で溢れました。

『生活保護費が上がりすぎだから下げて適切にする』
という意見もあったと思います。
もう忘れている方もいらっしゃるかもしれませんね。

具体的に生活保護費は上がりすぎていたのでしょうか?

合わせて別の指標を紹介します。生活保護の支給目安となる、生活扶助基準額です。

生活扶助基準額の年次推移
※3人世帯の基準額です。

先述の消費者物価指数と見比べると、1990年(平成2年)から2000年(平成12年)までの物価の伸びに対して、生活保護基準額は大きく伸びていることがわかります。

1990年から2000年までの物価指数が92.1から99に上がった(伸び率7.4%)ことに対して、生活保護基準額は14万円から16万3千円(伸び率16.4%)にあがりました。物価指数の伸びを考えると、2000年の生活保護基準額は15万円(14万円に伸び率7.4%をプラス)となったはずです。

ここまで踏まえると、上げすぎた生活保護費を下げるべきという理屈になるのもわかります。そして、平成25年(2013年)8月1日の生活保護基準額は156,810円になりました。2008年から2011年の物価推移だけを踏まえると、減らしすぎの基準ですが、1990年からの物価推移を踏まえると、妥当と言われる水準になります。

2008年を基準にして考えると、生活保護費は下げすぎですが、まず前提である2008年の生活保護費が高すぎるので、1990年を基準にして考えると、上がりすぎだった生活保護費を下げただけということにもなります。

そして、そもそもの基準になる生活保護費とはどれくらいが望ましいのか?という疑問に行きつきます。1990年を基準にして考えてみましたが、当時の水準がそもそも高かったのか低かったのか、人によって意見はそれぞれだと思います。

何が正しいかは何とも言えません。私は、2012年から2015年ごろまで生活保護を利用していましたが、元々の生活保護費は余裕があるものだと感じていたので、減額に対しても何とも思いませんでした。ただ、2010年から生活保護を利用し始めた方にとっては、生活保護費を理不尽に下げられたと感じるのも理解は出来ます。

生活保護費をどんな基準で決めるのかも明確ではないため、どこまで行っても答えは出ません。『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』という、人によって全く変わる指標があるだけです。私は正直言って現行の生活保護制度に対して不満はありませんが、こうして裁判で声をあげる方がいらっしゃる以上、現行の生活保護制度そのものが限界に来ていると感じます。

国民年金額が少ないのは違法だと声をあげればいい

この記事に対する意見でとても多いのが、「国民年金に対して生活保護額が多すぎる」という意見です。

全く持ってその通りなので
国民年金制度設計そのものが間違いだったことを認めて、
さっさと年金制度の見直しをすべきです。

ただ

生活保護費(年120万以上)>国民年金(年78万)

だからといって、生活保護を叩くのは論点がずれています。

問題なのは低すぎる国民年金額、そして生活保護利用者へ医療扶助の形で医療費が免除される、NHK料金が免除されるなど、ただの低収入世帯に対する援助が生活保護世帯よりも少ないことなどのはずです。
国民年金は、介護保険料の導入など、昔と比べても実質的に減額されています。

『年金額を実質的に減額させるのは違法』
そう声をあげれば良いんじゃないでしょうか?
というか、私も声をあげてみようかなと考えています。

正直、結果に期待はしませんが、裁判官の判決を聞いてみたいです。

また、年金を受け取っていても、年金額が生活保護基準より少なければ、資産が無くなり困窮した際、生活保護を利用できます。老後の年金額が生活保護費を下回りそうだという方は、生活保護を利用するのも検討しておきましょう。別に生活保護を叩く必要はありません。ご自身も困窮した時に利用すれば良いです。

裁判する気力があるなら働けという意見

これは至極当然です。

裁判の場にて、元気に意見を述べている方、しっかりとした足取りで歩く方を見て、この人働けるよな?こんな暇があれば働けば良いのに、と思うのも無理はありません。

ただその前に、生活保護利用者=働いていないという決めつけをしていないでしょうか?生活保護を利用している人でも、一定数は自分に出来る範囲で働いています。

ですので

裁判する気力がある生活保護利用者=働いていない人

と判断するのは早計です。

生活保護利用者のなかで、全く労働していない方が多いのも事実ですが、みんながみんな、全く労働していないわけでもありません。

もしかしたら裁判の場に立った人も、自分に出来る範囲でアルバイトをしているかもしれません。ですので、裁判を起こした方の就労事情が分からないうちは、働けとは思いません。

事実私も生活保護を利用していた時期があり、利用開始時は何もしていませんでしたが、落ち着いてからは生活保護費を受給しつつアルバイトをしていました。もちろんアルバイトで得たお金は申告し、その分生活保護費は減額されています。因みに生活保護利用者の就労に対する所得は、法律で認められた一定額の控除があるため、全く労働していない方よりは手元にお金が残ります。

ただ、裁判の場に出てくる方は高齢者が多い印象ですが、高齢者であっても、UberEatsなり清掃、駐車場管理、シルバー人材センターなりで、週に1回程度でも出来る仕事はあるんじゃないか?という疑問はあります。高齢者に限りませんが、生活保護利用者に向けて必要なのは職を斡旋し、経済的自立を促すことではないでしょうか。結果として生活保護から抜け出せなくても、週に1回程度働くか全く働いていないかでは、生活のメリハリ、なにより1ヶ月に使えるお金が全く変わってきます。

例え違法であっても何かが起きるわけではない

裁判で違法判決が出たとしても、具体的に何かが起こるわけではありません。

少し話が変わりますが、選挙の表の格差問題(1票の格差問題)を見てみましょう。

例えば選挙区域AとBがあります。

A区域は人口がおおいので、選挙権を持つ人は100万人います。

B区域は人口が少ないので、選挙権を持つ人は50万人です。

どちらの区域も定数は1人だとします。
すると、A区域は過半数の50万人から支持されれば当選しますが、B区域は25万人の支持だけで当選できます。
つまり、A区域2人の支持はB区域1人の支持と重みが同じですよね。
A区域に住んでいる人の票の価値はB区域に住んでいる人の半分だと分かります。

もっと言ってしまえば、A区域1人の価値はB区域1人の価値の半分になります。
少なくとも選挙で選ばれる側にとっての話ですが。

これは裁判にもなり、違憲判決も出ました。ですが具体的に選挙結果が無効となり、選挙をやり直したりしたことはありません。

これと同様に、当面の間はたとえ違法判決が出されたとしても、

『2013~2015年度の生活保護費引き下げは違法状態である』

という判決を出すにとどまり、特に何かをすることは無いと考えています。

もちろん、今回の判決はあくまで地方裁判所での判決であり、判決が翻る可能性も非常に高いです。

ただ、今後の生活保護のあり方を考えるきっかけにはなります。
これを機に大きな制度見直しがあるかもしれません。

良くも悪くも生活保護に注目が集まるかと思いますので、本当に生活保護が必要な方への取り組み、働かない生活保護利用者叩き、国民が納得できる生活保護制度の在り方など、世論も熱くなりそうですね。

だれもやらないと思いますが、これを逆解釈して
『1990~2000年度の物価下落を無視した大幅な生活保護費引き上げは違法である』
という訴えを起こす方がいらっしゃるかもしれませんね。

同じ裁判官の方の見解を聞いてみたいです。ただの興味本位です。

今後の展開

生活保護費の引き下げが違法でも合法でも、少子高齢化が今後ますます進む以上、生活保護費に回すお金の余裕が無い事実を変えることはできません。

仮に国会議員を減らすなど、歳出削減に取り組み、お金を浮かせても、年金や医療費など、別の社会保障関連に回すだけで精いっぱいでしょう。

そして、生活保護利用者をお金で支援するシステムそのものが限界なので、生活保護制度の抜本的な見直しにシフトするかもしれませんね。

例えば

生活保護利用者を中心とした低料金の団地を地方に作り、東京や大阪等大都市の高い住宅扶助コストを下げる

生活保護利用者にも医療費の1割負担を求める

生活保護利用者の食費はフードスタンプ方式とし酒・たばこを禁止する

就労指導の強化と職業訓練プログラムへの参加義務付け

という方向に舵を切るかもしれません。

特に、最低限の生活保護費というものが適切に決められないなら、現物支給で良いんじゃない?という流れが加速するのではと思います。現在生活保護費を支給しているのも、健康で文化的な生活を営むためのただの方法でしかなく、現物支給で健康で文化的な最低限度の生活が保障できるなら、この方向に向かうのもおかしいことではありません。

どちらにせよ、生活保護は万が一の時の最後のセーフティネットですので、困った人にとって利用しやすい制度であって欲しいと思います。裁判の判決を含め、今後の展開も見守っていきます。

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